読書感想文について振り返ってみた
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こんにちは!はちです。
最近ツイッター上で「読書感想文は必要か?」という議論が活発に行われていますね。
読書感想文の是非について意見するつもりはないのですが、議論を見ていて「読書感想文、懐かしいなぁ」という気持ちになりました。
夏休み前に課題図書の注文用封筒が配られて、「どれも興味ないなぁ」と思いながらも一冊選んで丸を付けて、お母さんにお金を入れてもらって。
後日、帰りの会で購入した本を受け取るときには新しい本の重みにワクワクした記憶があります。
でも家に帰ってもなかなか開かない。「新しい本」を手に入れたという事実は嬉しいけれど、本の内容には興味を持てなかったんですよね。結局、夏休みの終盤に泣く泣く手を付けていました。
令和になった今も、この時期に課題図書の注文用封筒が配られているのでしょうか?私の学生時代で終わった文化なのかな・・・(笑)
読書感想文と私
学生時代は結構本が好きな子供でした。
でも、読書感想文を書くのは苦手。 本のあらすじで原稿用紙のマス目を埋めるタイプでした。
読書感想文って、お決まりの書き方のテンプレがあるじゃないですか。
「①本との出会いや本のあらすじをまとめる」⇒「②自分の体験とリンクさせて感想を書く」⇒「③この本からどんなことを学んだかを道徳的な内容でまとめる」
というのが「THE・無難パターン」だと思うのですが、私はこの②・③がすこぶる苦手でした。
課題図書は大人目線で「こんなことを学んでほしい」という意図が透けて見える気がして、「その意図には乗らんぞ!」みたいな変な対抗心もありました。嫌な子供だな。
結果、斜に構えた目線で本を開いてしまって素直に楽しめないという悪循環。そうなると、自分の体験と重ねながらプラス思考の文章を書くことなんて到底できません。
ひどい時だと本の内容を批判しまくって原稿用紙を埋めていました(笑)
こんなひねくれた子供にとっては、「課題図書で書く読書感想文」は不要なのかなと思ったりします。先生も小学生が筆者をこき下ろす文章なんて読みなくなかったでしょう。
思い返してみると、課題図書で書いた読書感想文は全く記憶に残っていません。
というか、小学生時代の読書感想文全てが頭から消え去っています(笑)
一方、中学生になってから自由図書で書いた読書感想文は、本の内容も、どんな感想を書いたのかも、なんとなく覚えています。そのおかげか、時間を空けて読み返したときに「昔とは捉え方が違うなぁ」と、自分の変化を感じることが多いです。
今回は、そんな私の記憶に残る本について振り返ってみようと思います。せっかくなので、「本自体のオススメ度」と「読書感想文の題材としてのオススメ度」をレビューしてみたいと思います!
太宰治『桜桃』
『人間失格』と一緒に文庫に収録されていた短編。当時は中二病をこじらせていたので「太宰治の本で読書感想文を書くのがかっこいい」と思っていた。「『桜桃』って文字を見て黄桃の缶詰を想像していたけど、さくらんぼのことだったよ」みたいなバカ丸出しの感想文を書いた気がする。
このブログを書くにあたって、久しぶりに読み返してみた。
静かな夫婦喧嘩の物語。空気感が伝わってきて、自分が「お父さん」としてその場にいるような気さえする。
「涙の谷」と母が言った時の空気がサーッと冷える感じ!この一言で家庭の雰囲気にピシッと小さなヒビが入った瞬間の臨場感!!
・・・読んでいるだけで胃がキリキリする。
何も言えぬまま口に運んだ食事は、どんな味がしたんだろう。居心地の悪さが文字だけで実感を伴って伝わってくる。
「お父さん」は擁護のしようがないダメ人間なのだけど、その弱さに共感してしまう。反論したいけれど、言い返す自信もない。ひとりごとのように主張してみて、ますます重くなる空気に耐えられずにふわりと外に出る。
その一連の描写に、「ああ、分かる・・・分かるけどアカンよ・・・」と頭を抱えてしまう。
【本自体のオススメ度】★★★★☆(4/5点)
万人にオススメできる本ではないけれど、とにかく短いので気軽に読んでみればいいと思う。主人公の弱さに共感できる人にはすごく刺さると思う。
【読書感想文の題材としてのオススメ度】★☆☆☆☆(1/5点)
中学生の私は「短い作品を選べば、楽に読書感想文をかけるのでは?」という打算で短編作品に手を出していたけれど、全然そんなことはなかった。
母の蔵書の星新一のショートショートで書こうとしたこともあったけれど、あらすじの要約からつまずいた。短ければいいってもんじゃない。
読書感想文のコツは「あらすじ」や「自分の体験とリンクした感想」を書きやすい本を選ぶことだと思うけれど、短い作品だとこの2つの難易度が上がる気がする。材料が少なくて上手く文章が膨らまない。
あと、「『桜桃』に共感した!」って感想は、内容によってはちょっと不安になるよね。先生に家庭環境を心配されそう。
☝青空文庫で無料で読めます。すごく短いのでスマホで読んでも疲れないと思います。もし興味のある人がいらっしゃったら。
山崎章郎『病院で死ぬということ』
続編の『続 病院で死ぬということ――そして今、僕はホスピスに』と併せて感想を書いた。
担任の先生が生徒に読んでほしい本を集めた「ミニ文庫」が教室に設置してあったのだけれど、この本と、東京大空襲の被害の痕跡を収めた写真集が置いてあった。
「レパートリー偏りすぎだよ、誰が読むんだよ」と思いながらどちらも読んだ。中学生が幼いなりに培ってきた死生観を一突きで崩された。
東京大空襲の写真集は本当に凄惨で、積み上がったご遺体や、焼け野原になった街並みがとても現実のものとは思えなかった。「白黒写真でよかった」と思った。カラーだったらリアルすぎて見れなかったと思う。
人によってはトラウマになりそうな本だったので、正直教室に置くのはどうかと思った。でも先生が生徒に読ませたい気持ちも分かる。戦争の恐ろしさを強く感じた。現在も紛争やテロで理不尽に命を奪われる人がいるということに憤りを感じる。
それを見た後で読んだのが『病院で死ぬということ』。終末期医療について医師の目線から書かれている。
空襲で降りかかる、「一瞬の理不尽な死」について考えた後に読んだということもあって、「自分はどうやって生きて、どうやって死にたいかなぁ」と深く考えさせられた。空襲で死ぬのとガンで終わりを悟りながらゆるゆると死んでいくのはどっちが怖いだろうかとも考えた。どっちも嫌だなぁ。まだ死にたくない。
そんなことを考えながら読み切って、その気持ちをそのまま感想文に書き殴った。
その結果、『病院で死ぬということ』の感想文というよりも、『東京大空襲の写真集』と『病院で死ぬということ(続編含む)』を読んで死生観が変わったよ、みたいな内容になった。
タイトルは「『病院で死ぬということ』を読んで」だったのに、いきなり東京大空襲について語りだすものだから、先生からすると「お前どうした?」って感じの内容だったと思う。でも、教室のミニ文庫にこの本を並べた先生が悪いよ。
【本自体のオススメ度】 ★★★★★(5/5点)
本は借りて読むことが多かった私が、手元に置いておきたいと思うほど影響を受けた本。
きっと自分自身や身近な人が終末期を迎える時に読み返すと思う。
自分の病名も知らされないまま、機械につながれて、痛みにもがき苦しんで、そんな風に死んでいくのは嫌だなぁと思った。
私は、自分や家族が病に直面して治る見込みがないとなったら、「苦しくても長く」より、「短くても自分らしく」最期を過ごしたいなと思う。
でも、いざ直面したらどうだろう。もしも家族が末期がんにかかったら「どんな形でも長く生きてほしい」と思うかもしれない・・・。
【読書感想文の題材としてのオススメ度】★★★☆☆(3/5点)
こういう言い方をすると変かもしれないけれど、「読書感想文を書きやすい本」だと思う。短編がまとまって1冊の本になっている感じなので、気になる話だけ読んでもどうにか書けるかも。
ただ、テーマが重めで、気軽にするする読める感じではない。将来医療職に就きたい学生さんとかに読んでみてもらいたいなと思います!
まとめ
こうやって振り返ってみると、読書感想文の内容を思い返せる本は、「読書感想文を書くために読んだ本」じゃなくて「読む中で何か思うことがあったから読書感想文を書いた本」だなぁと思いました。
読書感想文を書くこと自体はとてもいいことだと思うけれど、「読書感想文を書くことを強要された本」って、私にとっては本自体の良し悪しに関わらず第一印象がマイナスからのスタートというか・・・。もっと違う出会い方をしていたら、お気に入りの本になったのかもしれないなと思います。
読書感想文否定派って本嫌いの人が多いのかなと思っていたのですが、ツイッターを見ていると「本を読むのは好きだけど読書感想文は嫌い」という人も多いですよね。私もだけど。
このブログ、現時点で4500字近くの文字数です。こんなどうでもいいことを原稿用紙10枚分以上書き連ねる能力はあるのに、なぜ原稿用紙5枚の読書感想文にあんなにも苦戦していたのか・・・。
多分、宿題としての読書感想文の「こう書いてほしい」みたいな圧が苦手だったんだろうなぁ。
おわり!